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☆奥田稔さん
☆くりりんさん
☆山田弘行さん
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☆奥田稔さん

私がわーわーずに参加したのは、1999年の秋頃だったように思います。
パソコンサークルの仲間であった松の木さんに誘っていただきました。
たぶん酒席での話であったように記憶しています。
根っからの運動嫌いの私が、1度だけでも走ってみようと思うなんて、アルコールの影響でもなければ考えられません。

始めて参加した時には、伴走ロープが必要なことも知らずに手ぶらで行きました。
コース1周どころか、100メートルも走ったら、身体のあちらこちらが痛くなって、練習会の帰りには、長居駅の階段が筋肉痛で、まともに降りれなかったですし、家に帰ったら寝込んでしまいました。
そんなランのスタートでしたが、1度だけと思っていた練習会が、今まで10年間1度も止めようとは思わなかったことには、われながら驚いています。
私がわーわーずに魅せられたのは、たぶんわーわーずの自由で気楽な明るい空気だと思います。
まともに走れなくても、速く走れなくても、わーわーずに参加して、この自由で気楽な空間に身を置くだけで、自分自身リフレッシュできて明日への新たなエネルギーがもらえるんです。
この感覚が、私は大好きです。

ランニングを通じて、多くの素晴らしい愛すべき仲間に恵まれました。
2001年秋の福知山マラソンでは、 なんとフルマラソンを完走することができました。
人生で一度だけと思って挑戦したフルマラソンでしたが、それからも懲りずに泉州、かすみがうら、ホノルルとフルを走らせていただいているなんて初参加の時点では全く想像もできないことです。
もしも一人で走れる状況になったとしても、絶対に一人ではフルは走れないだろうし、走ることもなかったと思います。
私のフルマラソン完走は、わーわーずの仲間との共同作品だとつくづく思います。
この10年間を振り返ってみて、わーわーずに出会えたことはとても大きなことです。
フルを完走したら人生観が変わると言われますが、私にとってはわーわーずに出会えたことで、人生そのものが変わったように実感しています。
わーわーずとランによって、前向きに心豊かに、この10年間を過ごすことができて感謝しています。
結成10年を経て、これからのわーわーずも、私の大好きな自由で気楽な明るい空気を持ち続けて、さらに大きな輪となりますように、みんなで育て大事にしてゆきましょう。

 

☆くりりんさん

長居わーわーず結成10周年おめでとうございます。

私のわーわーずとの関わりは意外に古く、設立当初かその翌年ぐらいから、「長居公園で面白いことをやっているので、暇があったら伴走を手伝ってほしい」という話をラン仲間から聞いて、たまの日曜日にお邪魔しに行った記憶があります。確か当時の練習会後の打ち上げはスポーツセンター2階の食堂で軽くビールを飲む程度だったのではないでしょうか。

その後は参加する機会もほとんどなくなりましたが、一時期の東京勤務の間に代々木公園のバンバンクラブでの伴走練習会に頻繁に参加したのをきっかけに、東京から関西に戻ってきて、久々に再びわーわーずにも参加するようになりました。いつの間にか人数は大きく増え、打ち上げも中華料理屋を占領して行うまでの大所帯に成長していたので驚いたものです。

私が伴走で掲げるのは「高速伴走」というモットーです。近年のブラインドランナーの成長はめざましいものがあり、それに伴って、レースで希望のタイムで伴走してくれる人がいない、という悩みを聞くようになりました。少なくとも、「伴走者が遅いから記録が伸びない」とは言わせないような伴走者に私はなりたいと心掛けてきました。

しかしながら、私自身も走歴10年を超え、そろそろタイムにも衰えが見え始めました。マラソンでいい記録を出すことは素晴らしいことですが、それだけ全てではありません。速いタイムを目指す環境に恵まれ、その意気込みがある人は、どんどん目指していったらいいと思います。速いタイムは出せるときに出しておかないと、後から思い立っても年齢的・体力的に無理である可能性がありますので。

この点、わーわーずの練習会は、大部分の人がゆっくり楽しく走ろうというコンセプトなので気兼ねなく参加できるのがありがたいです。もちろん私はごく少数の俊足ブラインドランナーのリクエストにも応えられる実力を出来る限りは維持したいと思っていますが、それが果たせなくなったときでも暖かく迎え入れてくれればと願って止みません。また、早いこと私が引退しても安心して任せられるような若手(いや、若くなくてもいいですが(笑))の伴走者が育ってくれることを願って止みません(笑)。

とりとめのない話ばかりで恐縮ですが、最後に、長居わーわーずの今後益々の御発展と御参加の皆様の御健勝をお祈りして、お祝いのメッセージとさせていただきます。


☆山田弘行さん

私が初めてわーわーずに参加させていただいたのは、平成20年4月27日で酒もっとさんの伴走でした。
動機は、目が見えないけれど走りたいという人に指導してあげようという 大きな勘違いが動機でした。酒もっとさんの伴走しながら色々なことを話していただいて、又、自分の目でみなさんの走りを見て勘違いをすぐに実感いたしました。
今ではブラインドの皆さんに、マンツーマンでコーチをしていただいています。
皆さんのものすごい前向きさに感動しています。 昨年は丹後100K、今年は大阪水都100Kを無事完走できたのはわーわーずで学んだおかげであると確信しています。
それと、昨年7月から2か月に一度、尼崎陸上競技場で長井さんと5000Mの記録会に出させてもらっているのは、非日常的な緊張感と走り終わった後の達成感を心から楽しませていただいています。
9月20日は西京極競技場において私と中村まさやんペアとあの最強ペアの、わだっち、くりリン組が1500Mで対決するも僅差(わずか?1分強)で敗れる経験を楽しみました。
練習会をいつもほんとうに楽しみにしている山田 弘行でした。 


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