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☆川原さん
☆高橋誠さん
☆長井さん
のメッセージが掲載されています

☆川原さん

わーわーず10周年 おめでとうございます。
10年一昔と 言えども実感が湧かない。
いつも 感じる事は年の行くのが10年早かった思いです。
私の 俳句。
「マラソンの 喜寿やコスモス はしゃぎ出す」 つとむ
この7月で喜寿になりました。
わーわーず俳句
「わーわーず どこか 誰かが 汗を出す」
メーリングリストに列島のどこかどこかで走られている様子。
素晴らしいみなさんの元気を貰ってこの10年が盛り上がって来ました。
私が永田さんに出会ったのは平成9年の9月でした。
鹿児島弁で県人会で知り合いめっちゃやさしい人でした。

☆高橋誠さん

わーわーず発足10周年おめでとうございます.これからも伴走練習会が必要とされる限り,何十年でも代を重ねで続いていくよう願ってやみません.
自分は参加してまだ3年目の新参者のメンバーですが,毎回楽しくやらせていただいております.ガイドはボランティアじゃなくて娯楽だってのがポリシーなので.わーわーずで「一番速いガイド」「一番頼りになるガイド」「一番責任感の強いガイド」どれも当てはまらないし,今後も当てはまらないままでしょうが,「一番むちゃくちゃなガイド」であると言うのはけっこう多くの人に認めていただけるんじゃないかって自信があります.
自慢にならんぞ.
そんな自分ですが,ずっと思っていることがあります.
ランニングはその単純さゆえに,本当に誰でもとは言えないにしても幅広い人が挑戦できるスポーツです.そして,老若男女,障害のあるなしにかかわらず,走る人は全てライバルだってのが自分の考えです.ライバルとはなるべく公平な条件で競いたいのです.自分は好きなとき好きなところで好きなだけ走れますが,そうでない人がいるなら,それは公平な条件で競っているとは言えない.
だから,できる限りいろんな機会に伴走したいと思っています.


☆長井さん

長井@吹田です。
僕がわーわーずに初めて参加させて頂いたのは、3年半ほど前になります。
高校時代の体育の時間に走って以来、30年近くも走った事がなくて、全盲になってからは、外出もなかなか思うようにできなくて、メタボになりかけていました。

何か運動をしたいと思っていたら、2006年の1月に枚方での「新春走ろう会」という催しで視覚障害者の部があると聞いて、5KMだったら、練習しなくても走れるだろうと軽い気持ちで申し込んだ事が僕の走るきっかけとなりました。
ところが、若い時とは違い、3KMを過ぎた所から足が痛くなり、やっとの事でゴールできましたが、とても不本意なタイムでした。
それで、もっと練習して、速く走りたいと思い、練習できる所はないかと捜していたら、知人から長居公園で「わーわーず」というランニングの伴走練習会があると教えてもらい、その年の2月から参加させてもらうようになりました。

初めは、長居公園の周回道路を2周しかできず、ハーフマラソンやフルマラソンなどは、僕には、とても走れないとおもっていました。
僕が参加するようになってから、まもなく、「長居わーわーず」も障害者スポーツセンターの登録のクラブとなり、そのせいか参加者も次第に増えて来ました。
そのおかげで、僕は、色々な伴走者と出会う事ができて、色々な大会に出場する事ができました。

そして、この3年半余りで、5KMから10KM、ハーフマラソン、フルマラソン、70KM、100KMと完走できるようになりました。
また、競技場のトラックでの60M、100M、200M、800Mの短距離も伴走者と二人三脚のように完璧に腕振りと歩数を合わせて全力で走るという醍醐味も味わう事ができて、走る喜びを実感しています。

このような体験ができるのもわーわずの練習会で出会う事ができた伴走者の方々やブラインドの仲間達のおかげだと感謝しています。
これからも、長居わーわーずが、より一層発展して行く事を願っています。



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